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京都市中京区「桑原町」の由来

京都の謎、桑原町とは

 京都府京都市中京区に「桑原町」という地名がある。読み方は「くわばらちょう」と読み、一見どこにでもありそうな地名だが実はこの地名ちょっと奇怪である。

一体何が奇怪かというと、京都市街地のど真ん中にあるこの桑原町という地名には人は住んでおらず、「北部は京都市上京区京都御苑」「西部は京都市中京区四丁目」「東部は桝屋町(富小路通り)」という地名に完全に囲まれており、丸太町通上の20~30m^3の一角のみ。



京都御所自体は丸々京都市上京区京都御苑という地名になっており、桑原町の東西に隣接する四丁目桝屋町(富小路通)は共に京都御所に隣接している事と、南部の京都簡易裁判所が四丁目、枡谷町、菊屋町という3つの町にある事から桑原町が間違いなく道路上のみの地名である事が分かる。


桑原町の由来

その由来は菅原道真が政敵の左大臣藤原時平との抗争に敗れ大宰府に左遷され怨霊となり、京都に災いを及ぼしたという話から始まるようだ。

ある日、京は雷を伴う大雨に襲われたが道真の屋敷があった桑原町には雷が落ちなかった。その落雷は菅原道真の怒りだったとおそれられ、雷が落ちない桑原で「くわばら、くわばら」 と手を合わせる習慣が出来た事に由来する。

菅原道真は、天神と学問の神として太宰府天満宮や北野天満宮に祭られている日本最大の怨霊であり、日本三大怨霊の一角

公家に生まれたが、宇多天皇に重用されて、右大臣に昇進し右大将を兼任、従二位まで昇進した。それを快く思わない藤原氏や他の貴族に謀られて大宰府に左遷され、道真の死後、京には荒れ、醍醐天皇の子が次々に病死するなどの事態が発生。これを道真のたたりと恐れた朝廷は流刑に処した道真の子供らの刑を解き、京に呼び戻した。これによって京が安泰になった事から、天神を祀ったなどという恐ろしい人物。

くわばらくわばらの起源という説が本当かわからないが、人も住まないのに不自然に都市の道路上のど真ん中に地名を付けるのは何か理由があるはずではないだろうか?他に何か興味深い真相が隠されているのかもしれない、京都七不思議である。

京都市中京区桑原町の写真


桑原町全体


ちなみにこんな感じです。なぜ残っているのか…京都はこういうことすきですね。


撮影位置。ちなみにgooglemapでは信ぴょう性が…という方へ、ゼンリンの住宅地図のでもこのように乗っております。

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