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京都・笠置町の木津川市との境に位置する奇妙な飛び地

笠置町の飛び地

 ある日、笠置町の観光地について調べていたら不思議な場所を発見しました。笠置町の地図を見てみると…左側になんか不思議なエリアがありますね!?。

 拡大して見てみるとこんな感じ。

 歴史を紐解けば、かつてこの加茂町と笠置町に跨る飛び地周辺地域は四ヶ村山と呼ばれる入会地で、加茂町側の北村、兎並村、里村、笠置町側の南笠置村という4つの村の共有地した。燃料とする為の木々を伐採したり、田畑の肥やしとする為の葉や草を採取したりしている場所でした。

 江戸中期には入江地の一部が私有地として認められ、私有地と公有地が混在する状態になりました。その後、明治22年には市町村制により入江地という境がはっきりしないというのが認められなくなり、土地の所有者を基準に北村、兎並村、里村は加茂村(現・木津川市)、南笠置村は笠置村(現・笠置町)に振り分けられました。というのが飛び地が出来た理由。

 問題はなぜあのような微生物のような姿になったかというと、公有地をそれぞれバラバラの私有地までの道などに振り分けられた為、道ごとや尾根や谷ごとに細かく入り組んでしまい、現在までその複雑な境界線が受け継がれているという事だというのです。

 赤い部分が木津川市。顕微鏡で覗いた何かの菌のような形ですね。

 航空写真でみるとこんな感じ。

 面白いのは木津川市側は茶畑があるのに対し、笠置町側はほぼ田んぼが広がっています。所有者の産業できっぱり別れているんですね。

で、飛び地に行ってみた

 木津川市にやってきました。市内から東に走って加茂へ。そこから更に東に山道を進み20分ほど進むと山田という集落があります。そこから笠置へ抜ける遊歩道を歩いていった先が今回の目的地「裏笠置」。

 不気味な竹林を進む。

 ここが山田集落。

 遊歩道を歩いていると、このような茶畑が。前後を笠置町に挟まれているのですが、この茶畑は木津川市。 - マップ

 のどかな風景が広がります。 - マップ

 茶畑の横を通るこの道にも不思議があります。

 道路の舗装の仕方が違う。手前が笠置町、奥のアスファルトが木津川市。 - マップ

 こんな所に茶畑が。ちなみに左右の森は木津川市、茶畑だけが笠置町。 - マップ

 道路があるのが木津川市。右の整備されてない藪の谷は笠置町。 - マップ

 手前の縦長の茶畑は笠置町。その周囲は全て木津川市。 - マップ

 上から見ると茶畑の景色が素晴らしい。

 周囲は茶畑が延々と広がりとても綺麗。見えてる畑は全て木津川市。 - マップ

 さらに上に上がっていく。

 面白いの発見。茶畑部分は木津川市。中心部の整備されてない藪は笠置町。 - マップ

 行ってみたら茶畑だった…。住宅地のような区画は全て茶畑のためのものだった。やはりこんな所にあるわけないか…w - マップ

感想・まとめ

 実際に行ってみると、使われてる私有地やもう使われてない私有地、また公有地などが複雑に入り組んでいながらもここが分かれ目かな?とわかるのが面白く感じました。

 今回、この調査にあたって、木津川市と笠置町に交互に入る事21回(木→笠→木→笠→木→笠→木→笠→木→笠→木→笠→木→笠→木→笠→木→笠→木→笠→木)という結果になりました。そんなに複雑な動きはしてないのに木津川と笠置を鬼のように繰り返していました。

 不思議な形の理由は、谷の部分を抜き取るようにして笠置町があるからでした。谷は水があつまる為、笠置町は田んぼが多い。反対に尾根や斜面がおおい木津川市。標高の高い所は霧がたちやすく、そして斜面は絶え間なく新しい風が流れる高級茶葉を育てる茶畑に適した地である。その為木津川市側には茶畑が多い。

 この地が市町村制の時にはすでに今のようになっていたかは分からないが、もともと笠置川がメインの土地であった事は想像できます。その後、お金のある木津川側が農地を発展させ、高地に広大な茶畑を広げたといった所でしょうか。







古都コトきょーと