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2016.03.20

長崎沖に浮かぶ「池島」は9割は廃墟、残りはレトロ!徹底散策してみた

池島のアパート群

廃墟の情報

池島 鉱山宿舎跡
鉱山宿舎跡
場所 長崎県
建設 1959~
廃墟化 2001
MAP:長崎県長崎市池島町

九州最後の炭鉱の島。今はゴーストタウン街が広がる池島

 やってきたのは長崎県西海市。大瀬戸港から池島へ向かっている船の中です。

 彼杵半島の西側は初めて来るので、時間に余裕もって出たのに行きし迷ってフェリー乗り場に付いたのは出発5分前。超ぎりぎりでした。→池島フェリー時刻表

 池島は西彼杵半島の西沖合およそ7kmに浮かぶ周囲4kmの小さな島です。かつては炭鉱の島として最盛期には約8000人もの人々が生活し活気に溢れていましたが、閉山後の現在(2016年)は157人まで減少しました。

 かつて8000人が生活を送っていたマンション群が現在も多く取り残されており、その廃墟的な景観から第二の軍艦島と言われるようになりました。

 世界有数の高度に機械化された海底炭鉱として知られており、1990年には坑道の総延長距離が96kmにも及び、炭鉱マンの移動時間の短縮のためにドイツ製の高速人車(通称「女神号慈海」)も導入されたりもしました。

 しかし、鉱山内での事故が相次いだり、1998年になると電力自由化により安価である(約半額)海外炭が多く輸入されるようになり2001年に閉山となりました。

 池島へむかう航路は3つあり、佐世保港(佐世保市)、大瀬戸港(西海市)、神浦港(長崎市)から出ています。

佐世保港はアクセスが良いですが料金が往復4000円ほどと高く、一日2便しか出ておらず、それらの時刻に合わせた行動をしなければいけません。

神浦港は長崎から近いですが、船が小さく欠航しやすいです。

大瀬戸港は一日7便ほど出ていて船もフェリーなので運行率も高く、島へ車を持ち込むことも出来ますが港自体へのアクセスが不便です。

 今回は島へ車を持ち込むため、大瀬戸から池島へ向かいました。佐世保からやと人の往復だけで4000円ですが、大瀬戸までくると人と車の往復で3000円ほどでした。人の運賃が安いので複数人+車の場合は大瀬戸が圧倒的にお得です。

 客室へ行くと休日にも関わらず人はさほど多くない。乗っている人はやはりカメラを持ってる人多いし、やっぱ撮影にきてんねやろなぁ~。

 朝7時すぎの便に乗船しました。春先の朝で風が寒い。ツーンと鼻の奥を突き刺す冷たい風の中にほのかに香る潮の香り。

 早起きで眠いのに、心臓だけにジワジワと血が集中してる廃墟巡りの日特有の緊張感。ワクワク感が強く到着まで外で海を眺めていました。

 出発して10分ほどで池島が見えてきました。心臓のジワジワとした感覚から、ドクンドクンという胸の高鳴りへ。あれが池島か…。


 島に到着、車を出した第一印象はめっちゃ車道が綺麗!

 現在も150人ほど住んでる方がいらっしゃるので生活圏内はさすがに整備されてるんでしょうね。

 港から出てすぐの所に6棟のアパートが立ち並んでいます。これは廃墟ではなく、住んでる人がいます。よく見ると結構綺麗です。

 この島は別名猫島と言われるほど猫が多く(300匹ほど)、沢山の猫が周囲を歩いています。

 アパートの他にも池島開発センターなどの建物が3棟あります。ここで島を巡る為の電動自転車などの貸し出しもされています。

 島内は意外と広く坂もあるので電動自転車があればかなり楽に島を巡れると思います。

 この辺りの港に近い所は住人がチラホラ見受けられる。

 炭鉱の中心部です。ここに炭鉱が掘り起こされ島の外へ運び出されていました。

 こちらは石炭を運ぶトロッコです。

 こちらは炭鉱マンが現場へと向かっていたものでしょうか。

 面白いことに自転車のように漕いで進むようです。自転車用のベルも付いていますw

 こちらがトロッコの発着場所です。

 このようにして坑内へ入っていきます。炭鉱内を案内してる炭鉱ツアーも行われています。

 坑道はこのようにして広がっていました。(大体の図)

 総延長距離は96kmというのですから、相当な規模だった事が分かります。つなげれば京都から神戸を超え、明石まで行ける距離です。その為、一部は50km/hの行動列車を利用して移動したそうです。

 赤い〇が実際に採掘されていた場所となります。おもにひき島(左の小島)周辺が採掘地となっている事が分かります。池島だけ見れば、池島の高台の下あたりの石炭でも採掘してるのかな?という感じですが、実際はこれだけ広がる海底炭鉱のただの入り口にすぎません。

 またこれだけの巨大坑内で大きな事故が無かったのは、人の安全面の配慮が行き届いていたからでしょう。島内のあちこちに設置されたガス漏れ探知機、電話機、マスクや2kmごとに設置された坑内を区切る扉(ガス漏れの際はその区間を閉鎖する)など。大事故が連発する東南アジアや中国の炭鉱の人がこの島へ研修に来るそうです。

 港に沿って進んでいきます。

 池島港を一望。もともと鏡ヶ池と呼ばれていた大きな池だったものを昭和30~32年にかけて池を切り開き海とつなげる工事を行い港としたそうです。池島という名前はこの鏡ヶ池があったことから取られた名前です。

 閉山前は5000tクラスの石炭運搬船が忙しく出入りしていたそうですが、現在は佐世保、瀬戸、神浦の三つの地域交通線や釣り船などが行き来する池島の玄関口となっています。


 車道の上には大きなレールがしいてあります。この幅の広いレールの上を行き来するものとは…

 このジブローダーという巨大な重機です。選炭工場からベルトコンベヤで貯炭場に運ばれた石炭を、このジブローダーで掻き寄せたりしていたそうです。国内ではこの池島しか残っていないものだそうです。

 あまりの大きさで迫力があります。なんか蜘蛛?のような恐竜のような、不思議な形をしています。

 頭上を通るこのレーンは、石炭を船に運ぶためのものだそうです。

 今はもう途中で切れてしまっています。

 今はとても自然が豊かな時の流れがゆるやかな心から落ち着ける島という印象です。

 マンション群がある方へと車を進めると火力発電所がありました。

 かなり迫力があります。鉄部分はさび付いていますが、煙突はまだ使えそうです。

 反対をみるとマンションとその奥は綺麗な海…。なんて静かで平和な島なんでしょう。

 おもわず荻上監督の映画「めがね」を思い出しました。何がしたいでもない、たそがれたい、無になりたい、そんな時こんな海をずっと見ていたい。


 さらに奥へ進むと70棟以上もあるマンション群が現れます。ほぼ全て廃墟なのですが、一部人がまだ済んでる棟があり、まだ新しい車が駐車されていたりします。ただ、ほぼ廃墟です。

 最盛期はすべての部屋に人が住みにぎやかやったことでしょう。全盛期の軍艦島が5000人ですので、こちらの全盛期は7000人で住宅の規模はこちらの方が大きいことになります。ただ密度が違うので余裕があるように見えます。

 今は誰一人歩く事のないまさにゴーストタウンと化しています。廃墟としての味はなく、本当にどこの町にもありそうな古いマンション群と見た目は変わりません。

 ただ、敷地の草は整備されている様子はありません。

 まだ使えそうな建物に整備されてない敷地の組み合わせがなんとも不思議というか、チェルノブイリはこんな感じなのかな?とも感じました。

 住む人は一つの建物に固まるという訳ではなく、1棟のマンションに1~数世帯、そしてまた別の等に数世帯という不思議な使われ方をされてます。写真右の建物はまだ使われているようで洗濯物がありました。ただここも1~2部屋やったと思います。

 毎日子供が走っていた風景を思い浮かべると切ない気持ちになります。

 日当たりが良く蔦に埋め尽くされた建物も。

 この家に住んでいた人はどこへ行ったんだろう。

 生活感のない団地を縫うように練り歩く。平成27年●月●日に電気が止まりますという張り紙がある所もあった。

 ところどころにある配管が目立ちます。これは火力発電所でつくった蒸気を各棟の各家庭へ分配していたものです。


 かつての公園はもうまともに入る事もできない。

 さびついたブランコ。

 さぁ、目的の8階建てのマンションへ…と思ったが、なかなかみつからない。行き方がわからず島をぐるぐる。

 港の案内所で池島ウォークマップという案内紙を貰い、ようやく行き方が分かった。このシャッター商店街を曲がって進んでいきます。

 一つ目に見えてきたのがこの大きな学校。池島小学校・池島中学校が併設されていますが、中学生が居ない為、中学校は休校、小学校は1人(H28年度4年生になる生徒)のために一応まだ機能してるようです。1人のためにこの校舎…!

しかし、鉱山の最盛期には小学生だけで1287名の生徒が在籍していたという超超超マンモス学校でした。さらに中学校も一学年5クラスもあったというのですから、これだけの巨大校舎(写真の奥にも校舎がもう一棟あります)があるのは当たり前です。

 それを超えると、ようやく見れました、8階建ての巨大アパート。変わった形が特徴的です。坂を利用して建てられたもので、建物裏に行くと5階部分から建物に入れるようになっており、8階建てにもかかわらずエレベーターはありません。

 他のマンションとは違う雰囲気が漂っています。城壁、要塞のような。

 このマンションは古いのか廃墟っぽさが出ています。

 当時の炭鉱マンの丘陵は一般的なサラリーマンの2倍ともいわれているように、このマンションを見ても島の景気が良かったのがよく分かります。


 そしてこちらがそのマンションの裏側。このマンションへ架かる連絡橋こそがこのアパートにエレベーターがなくても無理なく出入りできた理由です。

 いたずら書きはない島なのですが、ここだけいたずら書きが…。

 中へはいってみましょう。

 階段もまだしっかりしています。

 電気計?

 窓から海が一望できます。

 5階部分の連絡通路。

 錆さびの扉を開けてみると…

 中はこんな感じ。べらぼうに古いという訳ではないですが…

 こういう洗面所を見るとやっぱり古いんやなと感じられます。

 台所の様子

 天井を見ても荒れた雰囲気はありません。


 松尾鉱山や軍艦島と比べるとかなり広く、これなら家族でも問題なく暮らせそうです。

 紅白帽が落ちていました。

 計算の練習をした後が?

 そして屋上からはとても素敵な景色が。目の前にある山が四方岳と呼ばれる114mの山で、池島最高峰です。上に展望所があります。

 なんでしょうね~海が青すぎるんだよなぁ。

 屋上の雰囲気

 屋上も隣の棟へ移動できる橋がかかっているのですが…。錆で穴が開いてたりしており、100パーセント無事に渡れると保証されたとしても渡りたくありませんでした。

 下りてきて、島で唯一の飲食店「かあちゃんの店」の裏側。ここで猫と沢山お戯れです。

 猫を飼っており、車に猫の餌が積んであったので、痩せていた猫を見てたまらず餌をあげました。こいつがすごい寄ってくるんですよ。かわいそうに痩せこけて…。

 そのうち沢山集まってきました。皆仲良し!かわいい~!


 展望台の看板があったので進むと池島炭鉱殉職者の慰霊碑がありました。大事故こそなかったそうですが、ガス爆発等で殉職者が少なからずいたようです。

 慰霊碑の後ろには展望台があり登ると海が一望できます。写真はひき島、第二立坑方面。

 最後に四方岳に登って島全体を撮影したいと思います。池島小中学校の裏側に車をとめ、池島神社の横を通って登っていきます。

 イノシシの罠注意の看板がありますが、白い歩道を通れば大丈夫です。かなりの急坂ですがすぐ終わります。

 このようなスペースが展望地になってます。島全体を一望できます。最高の眺めです。

 8階アパートとひき島。炭鉱はこの島の海底を通りあのひき島の奥まで広がっていると思うと驚きです。

 上から見るとアパートの数に圧倒されます。

 かあちゃんの店方面。

 そろそろ午後最初の便がやってくるので帰る時間となりました。車で来た為、短時間で島を何週も出来てかなり回れたと思います。坑内ツアーだけは心残りですが、またの機会に応募してみたいと思います。


 さようなら池島。すぐにでもまた行きたい!いや、そこをグッと我慢して、あと数十年したらまた来たい、そう思わせるスポットでした。

感想・まとめ

 軍艦島の閉山の時に最盛期を迎えていたこの池島鉱山、次世代の炭鉱として繁栄ました。

 建物はまだ新しいものが多く、昭和45年前後の団地でさえ、京都の団地もまだその年代竣工の団地はあるので、軍艦島や松尾鉱山ほどの建物の古さは感じられませんでした。しかし、町全体がゴーストタウンと化しており、まだ住めそうな町なのに人の姿がなく、なまなましく住居だけが取り残されているという感じでした。

 廃墟の島として、廃墟という文字に惹かれやってくる人も多いと感じますが、廃墟としての魅力というよりは、栄華を誇った炭鉱の街並みが今も残っているという所が見どころなのではと思います。廃墟もありますが、廃墟としての味はまだまだ数十年たたないと完成されたものにはならないでしょう。

 また、最終的に8階建てのアパートは残る気がしますが、他のアパートは県からの助成金が出れば一棟一棟消えていくのかもしれません。事実、アパートは133号棟まで確認できましたが、現在は72棟しかありません。維持するのも大変ですし、解体するのも大変です。

 第何回目かの廃墟ブームを向かえる今、軍艦島も島の上を形成する廃摩天楼に惹かれる人が大多数を占めるのではないでしょうか。見る事もできない炭鉱内部の事は説明を聞けばすごかったんやなぁという感動はありますが。この池島も実際今も残るマンション群目当てに来る人はいても解体が進みもし廃墟が無くなったら…。炭鉱だけを見に来る観光客は居るのでしょうか。

 

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